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11/18(水):夕方 2号棟202号室>越野【1】
(その日を知ったのはまさに去年の今日だったかと、まだ青臭かった頃の記憶を振り返る。個人で戦うのではなくチームとして戦うことを意識し始めたのもこの頃であったかと振り返れば懐かしくもなるけれど、今日の目的は感傷に浸ることではない。時刻は夕刻。休校となった此日、ルームメイトは朝からバスケの練習に励んでいたろうか。同室の彼が既に部屋に戻っていたならばコンビニの袋を手に「ちょっと隣行ってくる。オトサカ君も気が向いたらおいで」と声を掛けただろうし、居なければ簡素な書き置きを残していくつもり。斯くして自室をあとにしては、すぐ隣の部屋の扉を叩くのだった。)越野。(彼が体育館に居ないことは確認済みだ。とはいえ部屋に居る確証もなかったけれど、彼が玄関扉より顔を覗かせたならば「よう」と笑って片手を上げて。)今日すげーデカいのが釣れてさ、一緒に食わねーか?(おのれが釣りをすることを知っている彼であればこの一言でピンと来るものもあるだろう。手に提げたコンビニ袋を掲げては、そこに今日の成果が詰まっていることはわかるだろうか。もっとも魚そのものを持ってきたわけではなく、問いかけられれば「魚住さんに刺身にしてもらった」とあっさりと白状するだろう。確か彼のところには中学生が充てられていなかったと記憶しているゆえの誘いであり、わざわざ部屋を訪ねたのは部屋にあげてもらう気でいるからだが、さて返事はどうだったか。落ち着いて話が出来そうなら玄関であっても構わないのだけれども、どちらにせよ袋の中身は押し付けるつもりでいる。)今日誕生日だろ? その祝いってことで。(先に述べた通り袋の中身は先輩が捌いてくれた刺身が入っているタッパーと、あとは袋菓子がひとつ入っている。祝いというには質素だけれども、流石にケーキに魚は合わないと思ったゆえのチョイスだった。ポテチが刺身に合うか否かは兎も角。)オレさ、越野には感謝してんだ。お前はチームメイトをよく見てくれてるし、オレが居ない間もしっかり部を回してくれてるだろ。面と向かって言ったことはねーけど、ほんとすげー助かってる。(面倒見がよく、後輩の信頼も厚い彼が居るから安心して自由にしていられる──というと怒らせてしまうだろうと思うゆえにみなまでは言わぬものの、瞑想しては静かに日々の感謝を伝えるのだ。これを言ったら繊細な13番がショックを受けるかもしれないけれど、彼こそがキャプテンに相応しいと思うほどには彼の人望の暑さやバスケへの情熱を信頼していた。)けどワリィ。新人引っ張って来いって言われてたけど、やっぱオレには勧誘とかは向かねーや。彦一と菅平、他の一年だって来年に向けて今も先生と死ぬほど練習してるし、勧誘しなくたって陵南を選んでくれる奴はいる。……そうじゃなくても、来年はオレたちの時代だ。(未来へ向けて新人勧誘も大切であることはわかっていながら、しかし天才といえども不得手なものはある。コート上でないのなら尚更だ。こんなふうに抜けたところも多く、部活をサボったり遅刻したりとふらふらとしている男をそれでも信頼して頼ってくれる同輩や後輩たちへおのれが出来る恩返しは、やはりひとつしかないだろうと思うから。眼差しをあげては、チームの誰よりも情に厚く、バスケに真摯なチームメイトの双眸を見据えた。)来年、全国に行くのは陵南だ。……そうだろ?(不敵に口の端をあげては、当然のように勝気な音を紡ぐのだ。しかし言った後で「その前に冬の選抜か」と思い出したように呟いては、のんきに緩く笑うだろう。後輩の成長も目覚ましいことは、この合宿中の学校見学を通してもひしひしと感じていることだ。その上で有望な中学生が陵南へ来てくれることになれば陵南もより盤石になるだろうけれど、県予選の準決勝をどれも紙一重で勝利を逃し、敗北の味を何処よりも噛み締めた今の陵南は他の強豪校にも負けないと自負している。それを言葉にしたり表情に出すことはしないマイペースな男だけれど、その実仲間想いで、バスケへの情熱を秘めた男だった。そうこう話している間にも彼の部屋を訪ねるチャイムは鳴りやまず、続々と陵南メンバーが彼の生誕を祝いに集まってくるのだろう。きっと誰に言われることもなく、自主的に。陵南のシューティングガード、越野宏明とはそういう人望に厚く、人から慕われる男であるのだから。)
* 10/9(Mon) 00:54 * No.19

★
(キューバには「雪が降る日までにはね」という言い回しがある。絶対にあり得ないし約束できないことだと伝えたいときに使う言葉だ。ゆえにこの世の奇跡を目の当たりにした男がはしゃぎ倒すのも無理はない。勉強会と称された自学自習の一日は思わぬ談議に花が咲いてそれはそれで楽しかったが、やはり心の一角は雪に奪われたまま。今朝も早くから布団を抜け出し、朝一番窓を開けてルームメイトに冷たいモーニングコールをかましてやった。もちろん悪気はなかったし、彼にも出かける用があったのだから結果オーライというやつだろう。その後、空もすっかり晴れたなら彼を雪遊びに誘うつもりでいたけれど、担いだ道具を見れば釣りに行くのは一目瞭然。普段ならおれもおれもとついて行ったが今日ばかりは釣りと奇跡を秤にかけて後者に傾く。だからと言って我儘に付き合わせることもせず、黙々と一人雪の中に飛び込んで。)――あのね、アキラ。(代わりに夕方、彼が203号室に戻ってすぐ冷凍庫の扉を開けて見せてやりたかったのは歪な形の雪だるま。南天の実など都合よく落ちてはいなかったので、おやつ代わりのゼリービーンズのピンク色を埋め込んである。しかし今日の彼は忙しそうだ。すぐに隣に行くという。)コシノサンの部屋?(チームメイト同士で話し合いでもするのだろうか。だとしたらもう少しお留守番の延長かしらと表情を曇らせたのもつかの間、「気が向いたらおいで」と言われればちょっとした疎外感はすぐに霧散し、いそいそとお呼ばれの準備に取り掛かかった。そして彼のおいしそうな手土産の理由を知ることができたなら、「バースデーパーティ? ならおれも」と手持ちの菓子の詰め合わせからめぼしいものを引き抜いて、彼の後を追うのだろう。そうして陵南の面々が集う大賑わいのパーティーのなか、)コシノサン、誕生日おめでとう。(ひょっこり現れた乙坂からのプレゼントはコーラ味のチュッパチャプス。ブルーが鮮やかで。)リョーナンのユニフォームみたいでしょう? (数本が束になったそれを花束みたいに渡してみせた。)それからこれも。(先ほど披露し損ねた小さな雪だるまをお盆の上に乗せて、)スノーマン。コシノサンのルームメイトにどうぞ。(と冗談めかしてプレゼント。とはいえルームメイトが居らずともこれだけ彼を慕うチームメイトが居るならば不要な友となったろうか。それならばせめて縁起物として暫く飾ってもらうとしよう。日本の文化に疎い乙坂は当然知るはずもなかったが、偶然にも白い達磨のご利益は――。)
* 10/9(Mon) 23:16 * No.20

…
(ホワイトバースデーとなった11月18日。高校生にもなって当日皆に祝われたいとか、まあ思わないでもないけれど、そもそも合宿中だとわかっていたので家族に祝われるのは日曜に実家で済ませておいたので別段気にはしていなかった。)朝から寒いしついてねーな。(カーテンを開ければくしゃみを一つ。とはいえ昨日と同じ文句で始まる朝はちょっと虚しい。本日も休校続きとなったことを人並みに怠惰な学生として喜びつつも身体が冷え切る前に陵南のジャージを着こめば、朝の自主練へと向かう。体育館で顔を合わせた植草と福田から「そういえば、」と誕生日を祝われれば「サンキュ」と軽く応じて、)つーか、仙道は? 昨日も朝は居ねーし、午前も自習サボってどっか行ってやがっただろ。まあ午後の通常練習には居たけど……ったく。(特別な日にも口からこぼれ落ちるのは変わらぬ愚痴だ。気まぐれなキャプテン殿の行方は雪が降っても降らなくてもわからなかった。──そうして午後には雪も止み、道々に雪だるまだのかまくらだのを作って遊ぶ者たちを冷かしたり、自らも参戦してみたり、高校生らしい戯れを楽しんでのち、夕方には一度自室に戻り、明日の支度やら消化しきれなかった課題やらを始めようかと。した矢先。)仙道!(一度202号室を通り過ぎる足音には気づいていたので、つい身構える形になってしまった。彼のノックから間を置かずしてドアを開け、開口一番が説教染みた発声になったのはもはや癖だ。緩く笑う彼を真似て片手を上げることもせず、)…って、お前釣りに行ってたのかよ。道理で全然見かけねーと思った。(「いくら学校が休みだからって…」と苦笑も通り越して呆れ顔。けれど誘い自体は魅力的で、元主将の名が挙がればなおのこと。「仕方ねーな」と彼を招き入れれば、)なんだ、お前憶えてたのかよ。(来訪の理由を知って瞬いた。彼にこれまで友情を感じなかったことが無いとは言わないけれど、律義にカレンダーに赤丸をつけるタイプとも思えなかったので驚きを隠さず、けれどその心遣いは素直に嬉しかった。)あー、サンキュ。……お、ポテチも。気が利くじゃねーか。(本日プレゼントまで持参してくれたのは彼が初めてだったので、少々の照れくささをガサゴソと袋の中身を物色する音でかき消しながら。そしてタッパーを取り出し一度冷蔵庫の中へとしまうその背中にかかる言葉が想像以上に真摯なものだったので、パタン、と扉を閉めてもなお、しばらくその場に立ち尽くしたまま。)〜〜……あ、のなあ!(感謝だの、なんだの、と。言う通り普段彼の口から出る相槌みたいな謝辞とは違う、心からの言葉だとわかるからこそ、こうも単純に喜んでしまう自分が恨めしかった。そのうえ先日投げかけた己の言葉を真面目に気にかけていると知ればなおさら、嗚呼くそ、と悪態ついた。これだから日頃ルーズな奴は得なんだと。)お前って奴は、どうしてそう普段へらへらしてるくせに、ここぞって時を外さねーんだ。(ようやく振り向けば顔を赤く染め、力なく呟く。それからキッと彼を睨みつけ、)そりゃ強い一年が来てくれりゃ嬉しいし、監督も喜ぶだろうけど、お前の言う通り居なきゃ困るようなチームのつもりもねーよ。今年スタメンが一番多く残るのもウチだし、誰よりも練習してんのは俺たちだ。誰が来たって来年こそ陵南の時代だ、なんて…(「くそ、わかり切ったこと言いやがって」言いながら、怒りの表情を解かないようにと必死だった。これが単に勧誘が上手くできない事への言い逃れなら幾らでも声を荒げることができたが、そうでないと伝わるから、握った右の拳を彼の胸にどん、と押しつけることしかできやしない。)……そうだよ。(一度睨みつけた手前、もう視線は逸らせなかった。その不敵な笑みさえ今は頼もしく映るのだから、本当に彼という男は厄介だ。ここぞと言う時の彼の一言で自分たちが鼓舞されたことが、この夏、この合宿でも数えきれないほどあった。)だからお前がもうちょっとしっかりする必要がある、ってことだろーが。(やっとのことで視線を外したのはのんきな呟きを聞いてのち。「感謝してんなら、もっと安心させてくれ」エースとしても、キャプテンとしても。成長の途上にあるのは彼とて同じだろうから。その為に自らもできることをしようと誓うのは、身の引き締まるような寒さの今日がちょうど良かった。)――…あ?(なんて、真面目くさった会話の切り上げ方に迷っていた時、新たなチャイムが。今度は誰かと扉を開ければ、次々とチームメイトが現れて。そのうえお隣の中学生まで。2人部屋に7人も集まればてんやわんや。)あ、魚住さんと池上さんはこっち座ってください。てか椅子足りねえから仙道お前の部屋から2脚持ってこい! あと福田も頼む! で、乙坂もわざわざありがとな。…って、雪だるま?(皆祝いの言葉とともに思い思いの菓子だのジュースだのを渡してくるのをダイニングテーブルの上にまとめて置きつつ、最後に渡されたそれを見て本日何度目かの瞬きを。)いや、これじゃ俺のルームメイト一瞬で溶けちまうだろ。(マイペースで独特なところは彼のルームメイトに似たのだろうか。それでも中学生の好意をむげに突き返すことはせず、せっかくだからとお盆ごとキッチンの上に飾っておいた。どうせすぐに溶けてしまうに違いないが、たとえ即席のルームメイトが一晩で消えたとしても、一朝一夕にはできない仲間たちが自分には居るのだから。)
* 10/22(Sun) 18:33 * No.22